人手不足とクラウディングアウトについて その1
こんな記事があった。
政府の経済財政諮問会議(議長・安倍晋三首相)の民間議員が10月1日に開く会合で示す政策提言が明らかになった。人手不足が深刻化し需給ギャップが縮小する現状では「公共投資の過度な拡大は、民需主導の成長を阻害する可能性がある」と指摘する。予算編成では公共投資を「優先度の高いものに重点化すべきだ」と要請する。
2014/9/30 2:00 日本経済新聞 電子版
要するに、公共工事の拡大により「クラウディングアウト」が発生する、と言っているわけなのだが、「何かおかしいなぁ」というのが俺の感想だ。
そもそも、人手不足というのは仕事が沢山あって大盛況、人を集めてもっと儲かる仕事がしたいが、労働力の確保が追いつかない、という状況なわけだから、普通は「建設業界は空前の活況を呈している」という風に言われてもいいはずなのだ。
しかし、昨今の人手不足問題はそういうニュアンスで語られることはなく、景気の阻害要因、マイナスの事象として捉えられている。
これはどういうことなのだろう?
で、実際の建設業界はじゃあどうなっているのか、と思ってWEB上の資料を漁ってみたところ、「建設業景況調査」というのがあった。
これは建設業経営者に対するアンケート調査のようなものなので、実際の数字とは若干乖離があるかもしれないが、「景気は気から」ともいうから、雰囲気を知るにはいいかもしれない。
で、この資料で注目したのは下記の点。
(7ページ)
・2013年から急に伸びてきた受注総額は、2014年に入ってから減少傾向に転じている。
・この動きは、官公庁工事、民間工事とも同じである。
「公共投資が民間投資を阻害する」というクラウディングアウト現象が起こっているとするならば、基本的に官需と民需は負の相関を示すものと思われるが、そうではないわけだ。
つまり、官需が伸びた時期には民需も増えている。この点が一つ。
もう一点は、
(13ページ)
・建設労働者の賃金は、2011年前後から継続して上昇傾向にある。
という点。要するに東北大震災の復興需要が発生して以後伸び続けているのであって、アベノミクスが始まってからのことではないわけだ(ただし2013年より上昇の度合いは高まっている)
そして三点目。
(15ページ)
・今期の経営上の問題点は、1位が人手不足、2位競争激化、3位が受注の減少とある。
競争の激化?受注の減少??
受注が減少しているのにあいかわらず人手不足、とはどういうことだろうか。人手不足でろくに仕事も請けられない状況なら、普通は競争激化にはならない。
以上三点を合わせて考えてみると、
・建設業界においてクラウディングアウトは発生していないのではないか。
・受注の増減と人手不足はあまり関係がないのかもしれない。
という疑義が沸き起こるわけである。
クラウディングアウトの件について、もう少しマクロな数字を調べてみた。
国交省の建設工事施工統計調査報告(平成24年度実績)なのだが、
こちらの完成工事高の民間・公共の推移をプロットしたのがこちらのグラフである。
多少、ずれはあるが、ほぼ同じ推移を見せていることがわかる。
ちなみに両者の数字の相関係数は、0.939となり、強い正の相関がある可能性を示している。
ミクロ的にはともかく、マクロ的にはクラウディングアウトは必ずしも発生しない、と見てよいのではないだろうか。
考えてみれば、公共工事というのは基本的にインフラ整備である。橋や道路が整備されれば、周辺の町が便利になり、活気が生まれて住宅や商業施設も作られる。要するに波及効果というやつだが、公共工事は民間需要を呼び起こす効果が期待できるし、当然そのためにやっているのである。
さらに言えば、道路工事を取り扱う業者と住宅建築を扱う業者は基本的に別である。公共工事が増えたからと言って、ただちに民間需要を満たすのに必要な人材が奪われる、と考えるのは早計ではないだろうか。
とはいえ、本来あるべき姿、という観点からは、公共工事と民間工事はむしろ逆相関を示すほうが望ましいのでは、という気もする。
政府に景気の調整弁としての役割を求めるのであれば、民需が下がったら公共工事を増やし、好況期には公共工事を抑制するべきではと思う。実際にはそうはなっていないわけで、これをどう捉えるかについては、もう少し考える必要がありそうだ。