日米共同声明とTPP

安倍総理アメリカとの共同声明を聞いた。

安全保障面での協力関係を確認したこと、シェールガスの輸出を申し入れたことなど、成果と言えるものあったが、やはり気になるのはTPPである。

率直に言って、今回のTPPに関する声明は残念なものだった。

日米共同声明のTPPに関する箇所の全文は次の通りである。

 両政府は、日本が環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉に参加する場合には、全ての物品が交渉の対象とされること、及び、日本が他の交渉参加国とともに、2011年11月12日にTPP首脳によって表明された「TPPの輪郭(アウトライン)」において示された包括的で高い水準の協定を達成していくことになることを確認する。

 日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、両国ともに二国間貿易上のセンシティビティーが存在することを認識しつつ、両政府は、最終的な結果は交渉の中で決まっていくものであることから、TPP交渉参加に際し、一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではないことを確認する。

 両政府は、TPP参加への日本のあり得べき関心についての二国間協議を継続する。これらの協議は進展を見せているが、自動車部門や保険部門に関する残された懸案事項に対処し、その他の非関税措置に対処し、及びTPPの高い水準を満たすことについて作業を完了することを含め、なされるべき更なる作業が残されている。

要するに、
・関税撤廃の除外品目を設けることも検討する
・利害のぶつかるセンシティブ項目についても留意する

という点を両国で確認したわけで、まあ日本側の成果と言ってもいいのだが、とはいえ、除外品目を設けることに合意したわけでもないし、センシティブ項目について日本の要求を飲んでもらえると確約したわけでもなく、全てはこれからの交渉次第と言っているだけである。

除外品目の交渉についてはすでに先行参加国間の交渉でも出てきている話であって、何も目新しいことではない。逆に、他国が一切除外品目の交渉をしていないのに、日本だけ交渉可、なんてことになったら他国が黙ってはいないだろう。

はじめからわかっていることを確認したまでである。要は結果としてどのような内容で決まるかということだ。

ただし、TPP賛成派にとっては大きな一歩を得たものと言っていいだろう。自民党衆院選前に「6項目の条件」を掲げ、これが満たされない限り交渉参加に反対する、としていた。
6項目の内容としては、やや物足りないがおおよそ妥当なものであった。だから西田参院議員をはじめとした反対派議員も、この6項目を遵守する、ということについて渡米前の安倍首相の言質をとっていた。

しかしこれが逆に仇になったのではないか。

今回の声明により、6項目の条件について、交渉の余地があるということが判明したためだ。6項目を前提としてTPPに反対していた側としては、その根拠が崩されてしまった格好になる。

そもそも、TPPというのは自民党の6項目が守られてさえいれば参加してよい、というようなものではない。

本来こうした交渉は、損と得を秤にかけて、得の方が多くかつ損が許容範囲のものであるなら前向きに検討すべきものだが、損については具体的な問題点が幾つもあげられているにもかかわらず、得の部分が一向に見えてこないのだ。

TPP参加に熱心な産業競争力会議楽天三木谷氏が訴えたのは、「日本の農産物、海産物を積極的に海外に売っていくべきだと、マーケットが大きいんだという人もかなり多くいる。TPP参加はもうマストである」ということだけ。

言葉足らずにもほどがある、という以前に日本語能力が相当に不自由なのではと疑わざるを得ない主張ではあるが、TPP賛成派の意見というのはだいたいにしてこれと大して変わらないのである。

「日本の農産物、海産物を積極的に海外に売っていく」にあたって、具体的にどこのどういう制度が障壁となっているのか、示すべきである。
そしてそれを解決する手段としてTPPが適切なのか。他に方法はないのか。そういう議論をしなくてはならないはずだが、「TPPはマスト」ではじめから答えが決められているから、一向に具体的な議論に進まない。

何かこれ、という問題点があるのなら、本来はその課題をきちんと国会で一つ一つ議論し、解決していけばいいはずである。時間はかかるが、それが民主主義というものだ。

賛成派が具体的な議論に進もうとしないのは、逆にいえば「じゃその制度や法律を改正すればいいんじゃん」という結論が出てしまうと困るからであると考える。

TPPの最大の特徴は、原則として例外を認めないことと、その包括的な範囲にある。

一旦締結したが最後、憲法よりも上位にある条約によって国内のほとんど全ての法律や規制が制約を受けることになる。
賛成派が個別具体的な課題の解決を求めず、TPPに固執する理由はここにあるのだろうと思う。
つまり、真の目的は「日本の農産物、海産物を積極的に海外に売っていく」などということではなく、別にあるということだ。

それは、表立って主張すると国内論議が紛糾し、なかなか実現が難しいことである。たとえば、労働者の解雇規制の撤廃、製品の安全基準の緩和など、一般国民が拒否反応を示しやすい課題であるだろうと思う。

TPP賛成派の議論の嫌なところがここである。目的はそれぞれ違えども、皆明らかに本音を隠している。だから空虚なフレーズばかりを連呼したり、いきなり「マスト」と言って議論する気もない。

安倍総理アメリカで確認してきたのは、これまで100%の損であったものが、50%になったよ、というだけのことである。得の部分は何も示されていない。日本はTPP交渉に参加してアメリカをはじめ他国に何を要求しようというのか。アメリカからの要求はこれまでいくつも伝えられてきたが、日本からアメリカのここを変えてほしい、というような要求項目はついぞ目にしたことはない。

思うに賛成派は、TPPに入って他国に何かを要求したいのではない。国内の規制を撤廃するための道具として使っているだけである。前にも書いたが、結局のところこれは完全に国内問題なのである。国内の規制をさっさと撤廃して自由に商売したい連中が、一つ一つ議論すると反対されるのが面倒だからまとめてやっちゃえ、というのが実態である。

これは民主主義の根幹に関わる問題である。


残念ながら、安倍総理はTPP交渉参加に進むものと思われる。民主党政権時代から、安倍氏のTPPに対する姿勢は「民主党が交渉するのは反対。自民党なら国益を守れる」というものであった。TPPそのものについての否定的な発言は一度もしていない。

6項目はあくまで国益を損なわないための最低条件であって、参加のための十分条件ではない。

自民党の中ではTPP反対派が多数を占めるとはいえ、党として方針が決まってしまえば、この流れを止めるのは非常に難しいと思われる。

明確なデメリットはとりあえず五分ということになったのだから、せめてこれから先は「TPPで何が得られるのか、何を他国に求めて行くのか」という具体的な議論が高まって行くことを期待したい。


多分なんもでてこないだろうなー、とは思うけど…