平清盛

1月8日にスタートしたNHK大河ドラマ平清盛を見てみた。

わりと歴史好きだった子供の頃、まず源義経のファンになり、その後平家物語(原本ではなくて、小説版だが)を読むに至って今度は平清盛が大好きになった。いまでも源平の軍記物は好きだし、全国各地にあるゆかりの遺物を目にしたりすると胸が熱くなる。

TVドラマなんてずいぶん長いことみていないのだが、正月に泊まったホテルでたまたま大河の予告編をやっているのをみて、それではちょいと観てみようかしらん、とビデオの予約録画を入れておいたものだ。

俺が録画したものを観たのは実際の放映からしばらくたってからだったので、見る前からネット上にドラマの出来に関する議論が飛び交うのを目にしていたのだが、どうも評価は芳しくない。特に演出がイデオロギーに汚染されているとの意見が多く、見る前から萎えさせられた。
どうせフィクションなんだから、細かいこと気にせずに楽しみたいものだとは思うが、なんにせよ歴史を描くのは個々の思い入れもあったりするので難しいものだ。

さて第一話を観てみる。なるほど、確かに随分と違和感を感じる部分が多いようだ。よく言われるように、天皇家を殊更に「王家」と連呼するのは俺も??と感じた。

いちおうこれについてはNHKの番組紹介ページに説明がある。

専門家によれば、平安末期から鎌倉期にかけての中世史研究の歴史・学術的分野では、当時の政治の中心にいた法皇上皇を中心とする「家」を表現する上で、「王家」という用語が使われており、それに基づいて使用しています。

だそうだ。ふーん。まあ、当時といまでは天皇家の存在は全く別物だったろうし、いまの感覚や天皇家の姿から当時と比べるのも無理があるのかもしれない。何しろ当時の呼称について一次資料が手元にないので、是非について語るのは控えるとしよう。

時代考証イデオロギー云々の話はさておいといて、もっと気になったのはストーリー面かな。一応、武家が公家の下にあって犬コロの如く扱われていた時代から、実力をもってのし上がるサクセスストーリーを予想していたのだが、なんだか初っ端から忠盛さんが治天の君に面と向かってズケズケモノを言い、反逆的な行為を見せても不問、どころか連れが刃を向けてもお咎めなしとあれば、いやはや、すでに平氏は随分強いんでないかい?とこのあとの展開が不安になってきた。
さらには清盛が白河院の落し胤説はまあいいとして、祇園女御と舞子の関係がわかりにくい。なんで舞子をあんなに庇い、平太を息子のように慈しむのか?そこには女御と舞子・平太の間の人には言えない、しかし強い絆があってしかるべきと思うのだが、その辺を感じさせる描写が足りなかった気がする。

原作がそうなってるからなのだろうが、やはり平太は忠盛の子か、ご落胤なのかはグレーなままにして、院と平氏の微妙な関係を描いた方が良かったのではないかなぁと思う。
歴史のミステリーの一つがあまりにあっけらかんと処理されちゃってるのは、なんとももったいない気がする。

そんな訳で、正直なところ今後に期待できる感じではなかったのだが、ともあれ、まだ一話をみただけの感想である。第二回からいよいよマツケン清盛が大活躍、となるらしいので、とりあえず録画しておいた。

忠盛が貴族に足蹴にされながら、いかにしてしたたかに財を蓄え、力をつけ、貴族社会に足場を作って行くのか。
保元・平治の乱に至るドロドロで複雑な人間関係、醜い妬みや憎しみ、悲哀をどう表現して行くのか。帝位の継承とそれにまつわる姻戚関係の権力争いは、ドラマで表現するのはかなり難儀するのではと予想される。
話の大筋は知っているだけにやはり興味の向く先はそういうことになるのは仕方あるまい。

そこまで話が進む前に飽きてしまう可能性も高いが。
なんにせよ、頑張って欲しいものだ。