決断力

家電量販店から扇風機神隠しにあったみたいに姿を消した。

ちょっと前から品薄状態だったのは知っていたが、これほど見事に消えてなくなるとは。
増産も追いつかなかったのか。

かくいう俺も先月、駆け込みで一台購入したクチである。なんとか買えたからこんな状況も涼しい顔でみてられるが、クーラーもできるだけつけず、つけても弱め設定で節電に励む昨今、もしあの扇風機なかりせば、と思うと冷や汗ならぬ油汗がじっとりとにじんでくる次第である。


実はうちの扇風機購入もちょっとした紆余曲折があった。
今年は買っておいたほうが良さそうだね、と行動を始めたのは五月の末。まだ肌寒さが残り、夏なんてくるのかいな、なんて今ひとつ危機感も乗ってこない時期だった。

俺は飲み代ならば5、6千円くらい躊躇なく財布のクチを開けるくせに、家電とか、本当に必要な物を買うとなると何故か慎重になってしまう妙な習性がある。

今回もいろんな家電屋を回って徹底的にリサーチし、価格も機能も納得の一台を手に入れるまで妥協はすまいと意気込んでいた。なにしろたかが扇風機だ。その時はまだ在庫も普通にあったしね。

そんな時期に店頭でみつけたのがコレ。

日立の型落ち(HEF-60M)だが、タイムセールで5000円を切るという、今にしてみれば破格の値付けだった。価格コムでもこんな値段では出ない。
丁度予算内だったし、すぐその場でさっさと買ってしまえばよかったのだが、まだ扇風機の調査を始めて間もなかった俺は、とりあえず価格調査だけして素通りしてしまった。

そして調べて行くうち、俺がパスした日立のあのモデル、実はかなりいい機種であったことがだんだんわかってくる。ああ、しまったな、と思った時はもう遅い。またタイムセールでもやらないかしらと店に通ってみるも、一向にそんな気配はない。逃がした魚は大きかったのだ。

そうなってくるともう、日立がますます欲しくなってくる。なにしろ我が家の家電はTVからクーラーから空気清浄機からドライヤー、電子レンジにいたるまで、みんな日立なのだ。別に日立が好きなわけではなく、価格と機能、デザインを総合して一番いいかな、と思って買うのがいつも日立だったのだ。そして今のところ、後悔するようなことはない。

だから扇風機も、と思ってさがすのだが、そうこうしているうちに売り場の様子も次第に怪しい影が差してきていた。

通常価格で例の日立製をみかけはするものの、7000円近くする。さすがに限定とはいえ5000円以下を見てしまったあとでは手が出ない。しかも、納期は2週間も先という。

6月も半ばになって、ようやくマジでヤバイかも、と気づきはじめた。

それでもやっぱり買う以上はお気に入りの一台を、なんてのんきな執着が抜けきらない俺は、日立を諦めて次の候補探しに入った。

そして六月の後半、それまで薄ら寒い日々が続いていたのが、突然思い出したように30度超えを連発するようになる。

扇風機売り場も駆け込みの客でますますごった返すようになってきた。あわわ、どうしよう。
ここまで散々調べてきただけに、いまさら妥協もできず決めるに決められなくなってグズグズしている俺に、遂にカミさんからの指示が降りた。
「今家電屋にいるけど、マジ品切れでなんにも無いよ!そっちのお店でまだ品物があったら、もう何でもいいからとにかく買って!

うお、扇風機とかほんとになくなっちゃうのか。そりゃまずい。もういいや、とりあえず日本メーカーのちゃんとしたやつなら買ってしまおう、とようやく決心がついた(でも相変わらず選択肢はあると思っている)。

その足で向かった電気屋は、カミさんが行った田舎の店とは違って都心の旗艦店なだけに、さすがにまだ在庫はあった。しかし見る見るうちに飛ぶように売れている。

幸運なことに三洋製のそこそこのモデルがセールに出されていた。自分のなかの商品ランキングでは4位か5位くらいだったのだが、意を決してレジへ向かい、何とか贖うことが出来た。まあ、間一髪といえば言い過ぎだが、それに近かったろう。

そんな経緯で我が家にやってきたサンヨー君は、毎日俺とカミさんのためにせっせと風を送り続けている。いやぁ助かるよ。


平常時ならじっくり検討して物を買うのはもちろん好ましい事だが、非常時ってものがある事も考えなきゃいかんのだね。これもある意味、危機管理能力だな。
そういう点では、俺よりカミさんのほうがずっと鋭い嗅覚を持っている。というか、俺が呑気すぎるんだろうな、やっぱり。