TPP検討結果

海江田経産相が4月19日、TPP参加について「まだ完全にあきらめたという話ではない」と述べたという。

http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819481E3EBE2E29E8DE3EBE2E6E0E2E3E39C9CE2E2E2E2;at=DGXZZO0195570008122009000000

おお、やはりまだ生きておったかTPP。しぶといやつめ。
ということなれば、俺もやはり自分の意思を固めておかねばなるまい。

以前読んだ「食糧自給率の罠」が、必ずしもTPP推進につながる議論ではなかった(といっても2010年8月刊行の本であり、そもそもTPPのピの字も出てこないが)ので、今度はもっと積極的にTPP推進の根拠となるような本はないかと思っていたのだが、ホットな話題だけに図書館には見当たらず。かといってハヤリものの話題のためにわざわざ新刊書を買おうというほどの気はないので、しょうがなくインターネット中心に情報を漁ってきた。

で、決めました。TPPは、ナシの方向でひとつお願いいたします。

根拠は、「TPPの内容があまりに包括的過ぎる」ことにある。

Wikiの説明を借りると、「加盟国間の経済制度、即ち、サービス、人の移動、基準認証などに於ける整合性を図り、貿易関税については例外品目を認めない形の関税撤廃をめざしている」という。関税だけでなく、「非関税障壁」も撤廃の対象となっている。俺はここがひっかかるのだ。

要するに、「加盟国間における経済的なやりとりについては、国境はとっぱらってしまいましょう。各国の物品・サービスや投資などについての規制や制限については、加盟国中で一番低くてゆるい基準にあわせましょう。自国の優遇は一切なしで、各国が平等な条件で競争できるようにしましょう」

という理解でよろしいか。

TPPというとまず国内農業を守るのかどうするのか、という議論が多いのだが、上記のような理解に立つと、むしろ農業の問題なんかどうでもいいと思えるほどに、TPPがもたらす影響は大きい。

TPPで現在議論されることになっている作業部会は24項目あるのだが、概観してみても、経済活動においてこれ以外なにかあるのかな、というほど網羅的だ。もう、全部といっていい。

24項目でひっくるめちゃっているが、一つ一つはそれぞれが国のあり方、制度や習慣などに照らして十分に検討し、どうあるべきかを考えなくてはならない重要な課題がたくさん含まれている。そのうちの一項目を取り出して議論するだけでも、国論を二分するような大激論がまきおこっていいはずなのである。

ところがTPPは、一旦参加してしまうとそれら一つ一つについての是非はほとんど検討されない。なにしろ、主旨からして全部オープンにしましょう、なのだ。自国だけこれは違うからちょっとナシね、というわけにはいかない。交渉できるのはせいぜい実施時期を遅らせたり、段階的措置をとるなどということくらいであろう。

おそろしく乱暴だ。

そりゃ、中には自由貿易に従ってオープンにしていったほうがいいものもあるだろう。でも中には、日本の社会慣習、安全や環境面の見地からこれは受け入れるべきでない、というのも数多くあるはずである。

TPPは、そういう良いものも悪いものも全部一緒くたのごちゃまぜにして、強い国、一番ルーズな国のルールに合わせましょうということになる。そんな滅茶苦茶なことしていいのか?

極端な例を考えてみた。
銃社会アメリカが、日本に銃器を輸出して、個人にも買ってもらいたいと考えたとする。
日本はもちろん”銃刀法”により、特別に許される場合を除き個人で銃を所持することはできないが、これは考えようによっては「非関税障壁」にあたるのではないか。

もっと下世話な例を考えてみよう。
アメリカのポルノコンテンツ業界が、日本にアダルトビデオを大量に輸出したいと考える。日本はわいせつ物に対する規制があって、もちろん”洋モノ”はそのままでは市場に出すことができないのだが、これも「非関税障壁」といってよかろう。(モザイクがなくなるのは個人的には歓迎だけどね)

まあ上記2点は俺の想像の限りの極端な例で、さすがにないだろうと思うのだが、TPPの主旨からすると、それも一応覚悟しておかなきゃいけないはずだ。

もっとありそうな話でいえば、遺伝子組み換え作物の使用について。日本ではJAS法により遺伝子組み換え作物の使用有無の表示が義務付けられているが、アメリカではそのような規制はない。これはTPP加入後、確実に規制撤廃が求められると思われる。
あともちろんBSE問題で強化された米国産牛肉の月齢制限も撤廃は間違いない。

メディアや電波に対する外国人投資家の参入規制も撤廃である。医療や弁護士についての問題もよくいわれるとおりだ。

とにかくありとあらゆる重大な問題があるのだが、それをひとまとめに全部ドカンと開いちゃうわけである。とても一度に考えきれないぞ!
農業なんてどうでもよくなってきたでしょ?TPPは、はっきりいって規制破壊爆弾だ。
国内の産業、文化、環境、安全を守るために経済活動に対して嵌めてきたさまざまな規制が、一気に全部ぶっ壊される(あるいは、一番低い基準に合わせられる)可能性があるのだ。

経団連会長が参加を強く求めるのもうなずける。当然だ。企業活動に枷を嵌める各種規制が一気に一番低いレベルに落とされるのだ。好き勝手やれるといっていい。

でもそんなことしていいのか?規制は、ほっとくと金儲けに走りすぎて国民の安全や健康を危険にさらしたり、国土や地域社会の荒廃を招いたり、貧富の差を開いたりしかねない企業活動を抑えるためにあるはずだ。もちろん中には時代にそぐわないもの、抑えすぎて正常な活動を阻害するものも多々あると認識しているが、だからといって一緒くたにぶっ壊していいものではない。

他の国の規制のレベルにあわせるだけだから問題ない、あっちの国でよくて自国でダメというのは通らない、という意見もあるかもしれない。でも、TPP参加国は歴史も文化も宗教も国土も気候も全然違うのであり、自国の事情に合わせて、適切に規制をかけていくのがそれぞれの国の政府の裁量というものだ。
地震国・日本の建築物は世界でも先進の耐震基準を設けているが、規制緩和によりこれも見直しされるかもしれない。(耐震基準の日米比較は、国土交通省に以下のような資料があった http://www.mlit.go.jp/tec/cost/cost/130821/tokutyo.pdf )

日本の国土保全、CO2排出量削減のためには国産の木材を積極的に利用することが必要だが、林野庁が進めるこうした「木づかい運動」もアウトだ。
日本では厳しい制限が課せられている労働者の解雇条件も、かなり緩められるだろう。これは企業の悲願かもしれない。組合が反対しないのが不思議だ。電機連合にいたっては、TPP推進の意思表示すらしている(http://www.jeiu.or.jp/2010122400001.html)。

もうこうなると、日本は自分の国のための政策を自分でなにも決められなくなってしまう。とにかく規制の類は非関税障壁にあたる恐れがあるのだ。特定産業を振興するような政策もルール違反。これは主権の放棄だ。

どうしても他国の基準に合わせて規制緩和したいなら、ひとつひとつの事案について、十分に議論を重ねて、個別に実施していくべきである。やるべきでないものは、やらなければいい。

ところがTPPに入ったが最後、オープンは大前提になってしまう。「例外なき関税(非関税障壁)の撤廃」が冠されている以上、基本的に交渉の余地はない。日本が日本であることをやめて、アメリカの51番目の州になっちゃおう、というなら話はわかる。考えようによっちゃアリだ。そしたら合衆国中最大勢力の州になるぞ!もちろん国土は米軍が守ってくれる。いいじゃんそれ!(ああ、でも英語やらなきゃなぁ。。)

ネットでみていると、TPP推進派の人が一番ヤリ玉にあげるのはやはり農業のようだ。農協をはじめとする既得権益、非効率な慣習をぶっこわし、TPP参加を契機として日本の農業をより強く、世界に羽ばたくものにしたいという意見もある。(あるいは、そもそも日本で農業はやるべきじゃないという考えもある)

この意見自体は、ここではあえて否定しない。日本の農業は問題山積でなんとかしなくちゃいけない。非効率の象徴(といわれている)の農協なんかぶっこわしちゃえ、というのもわからぬでもない。ナマケモノの農民(誰?)は退場せよ(どこに?)という過激な論もあり、これは実態をよく知らないのでなんともいえないが、やる気のある若い農業家の活動を阻害する要素がいくつもあることはわかる。

でもその問題、やるならTPPとは別にやってくれ、と思う。
TPPとかいわないで、「コメ輸入を自由化せよ!農産物の市場を開け!」といえばいいのだ。それで目的とする農協解体、不良農民の抹殺はあらかた可能だろう。

TPPはとにかく、農業だけの問題を語るにはあまりに話が大きすぎるのだ。毒入り、カビ入り、カラシ入りのいろんなお饅頭がまじった24個パックを買うようなものだ。仮に農業に関する饅頭は甘くておいしいものだとしても、他は何が入っているかわからない。しかも、毒とわかっていても全部食わなくてはいけない。

農業が受けるダメージを、輸出を中心とする産業界の伸長によりカバーし、全体としてはプラスになるというのも論点のひとつ。しかし、TPPにより輸出が伸びるのかというとかなり疑問である。

アメリカ国際貿易委員会のページに、アメリカの関税率一覧がある。
http://www.usitc.gov/tata/hts/bychapter/index.htm

何せ資料が膨大で見方もよくわからないのだが、ざっとみて、日本が輸出したい機械品目等において、これといってべらぼうに高い関税率の品目は見当たらない。chapter87のトラック類が25%と飛びぬけている程度だ。あとは2%から多くて5%くらい。

これが高いのか低いのかよくわからないが、これらの関税率が撤廃されたとして、どれだけ輸出増への寄与が見込めるのだろうか。
政府も「開国だ」とか「GTAPモデルが」とかいってないで、こういうところをきちんと数字でわかりやすく説明してくれると、ありがたいんだけどなぁ。関税撤廃効果による輸出の増加見込みなんて、すぐ出せるだろう。
とにかくTPPに参加すれば輸出が増える、産業界にプラスになる、というのがもはや前提にあって、何がどの程度増えるのかについての詳しい説明は、ネットで調べても全然出てこなかった。ちなみに自動車は既にかなりの部分が現地生産に移行しており、関税はあまり関係ないようだ。

TPPによって産業界が得られるプラス効果は、輸出増よりはやはり規制緩和によるところが大きいのではないだろうか。

俺は基本的にグローバリズムには疑いの目を持っているが、個別の事案について議論を重ね、条件の合うところでFTAなりを結んだりするのであれば良いと思う。規制緩和も必要なところはしていったらいい。農協もどうぞ解体してください。
でもTPPではだめだ。個別の議論ができない。次から次へアメリカから規制の撤廃要求がくるのは目に見えている。
1990年代前後の「日米構造協議」をはじめとするアメリカの内政干渉に、俺は当時まだガキんちょだったが、ずいぶん悔しい思いをした記憶がある。それと同じことが、いや、それ以上のことが、今度はいやおうなく突きつけられる。TPPに参加した以上、非関税障壁を撤廃することを約束するわけだから、アメリカの要求を拒否する根拠はどこにもなくなる。それは当然の契約履行要求であって、内政干渉ですらないのだ。

規制緩和で好き勝手ができるようになる企業は栄えるだろう。資本家は世界で活躍し、日本にもたくさんの投資がはいってくるだろう。それを成長といってもいいかもしれない。
でも、俺たち国民の生活は大丈夫なのか?国富んで民飢える、なんてことにならないだろうね。

そのようなわけで、TPPは頼むから勘弁してほしい。手抜きでドカンとやらないで、きちんと一つ一つ考えてくれよ、そして、その内容を国民にちゃんと開示してくれよ。いくつあるかわからない甘いまんじゅうのために、毒まんじゅうまで食わされてはたまらない。
よく考えてください、菅先生。